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物欲に負けた日

怠惰な日々の徒然

「食品廃棄物の横流し」「ツアーバス事故」加熱した価格競争の産む悲劇。資本主義の限界を見た気がする。

その他諸々

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当ブログを開設してまもなく半月ですが、アクセス数が500に達しそうです。今まで何度かサイト、ブログを作ってきましたがかなり早いですね。何故かわかりませんが、嬉しいです。アクセスしてくださる皆様ありがとうございます。

さて、最近企業による犯罪的行為が目立ちますね。当ブログでも「CoCo壱番屋が廃棄したビーフカツを産業廃棄物処理業者「ダイコー」が横流し!マニフェスト制度はどうなっているのか? - 物欲に負けた日」で扱った、産廃処理業者ダイコーによる食品廃棄物の横流しは、CoCo壱番屋からのものに限らず複数の企業から出た食品廃棄物に及んでおり、被害も相当拡大しそうですね。また、軽井沢で起きたツアーバスの事故は安全管理に関する法令違反が多数見つかり、非常に悪質なものだと批判が集まっています。

企業が起こす犯罪の原因は社会にある

これらの問題を固有の企業や個人のモラルの問題と考えることもできますが、それだとそれ以上なにも出なてこなくなります。こうした問題は社会の制度にある歪みから生まれるものです。今日はその根底にあるものについて考えてみたいと思います。

もちろん同じ土俵で戦っているはずの多くの企業が真面目にやっている(と思われる)わけですから、法令違反を犯した企業の責任は重いというのは大前提ですけども。

問題は過当競争にある

資本主義である日本で企業が競争するのは当たり前です。しかし、常に競争し、勝ち続けるのはとても大変なことです。

価格競争が企業をダメにしていく

企業間の競争には2つの方向性があります。ひとつはサービスや製品の質を上げていく競争。もうひとつは価格競争です。

質を上げていく競争は基本的に法令違反には結びつきづらいものです。もちろんゼロではありませんが、コンプライアンスも企業価値を高めるためには大切ですし、価値を高めていけば自ずと社会貢献できるものです。

問題は価格競争です。価格競争とはつまりコスト削減です。作業の効率化や新しい技術の開発などによる正常な範囲のコスト削減であれば問題ありませんし、むしろ競争原理が正常に働いている、消費者のためになると喜んべます。

しかし、価格競争に打ち勝つために必要なコストまで削減し始めると危険です。それが過酷な労働環境や手抜き、不正に繋がっていくからです。

なぜ行き過ぎた価格競争が起きるのか?

質で勝負できる分野・企業であれば価格面で無理をしなくてもいいので、無理のある価格競争にはなりません。価格以上に消費者の嗜好性やブランドが活きる分野ではなかなか値崩れはしません。「高くてもここの商品を買いたい」と思われれば無理なコストダウンを図る必要はありません。むしろ多少コストが高くなっても、顧客を離さないために品質を高めるはずです。

しかし、品質の差が出づらい分野もあります。元々安いことが売りの分野もあります。そうした分野ではとにかく価格競争が激しくなりがちです。

今回タイトルに入れた食品廃棄物横流しは激安弁当やスーパーの特売になったのでしょうし、ツアーバスは安く旅行するときの定番です。

他にもいろんな分野で価格競争は発生しています。デフレの影響か低価格をウリにする企業が伸びている実態もあります。質で勝てなかった企業が生き残りをかけて価格交戦に出ることもあります。

最初に犠牲になるのは安全である

無理なコスト削減が始まるとまず労働環境が悪化します。これは品質の低下や安全上のリスクを生み出します。もちろん劣悪な労働環境自体も許されるものではありません。

次に品質面で最初に犠牲になるのは安全です。安全面でのリスクは目に見えません。事故が起こるまでは消費者は気が付きません。だから犠牲にしてもすぐに売上に影響しないのです。そして、事故が起こるまで杜撰な安全管理はエスカレートしていきます。

競争の責任は消費者か?

こうした価格競争の責任は消費者にもあるのでしょうか?

安さを求める消費者には原因がある

こうした競争が起こるのは当然ながら安いほうが売れるからです。消費者が選んでいるからです。そういった意味では消費者に原因があるといえます。

最近ではブラック消費者という言葉もあるようで、こうした価格競争が招く悲劇の根本的な原因は消費者にあるという主張もあります。例えば、公共工事の入札では、価格競争が激しくなり業界が疲弊しないように最低限必要と思われる金額を予め定め、安すぎる金額は失格にします。そうしてお金を出すほうが適正な価格を守れば良いという考えです。

消費者には責任能力はない

しかし、一般の消費者に安さを求めるなというのは無理があります。消費者には選ぶ権利があります。同じ商品が違う値段で売られていたら安い方を選ぶのが当然です。それにその道のプロでない人間に適正な価格がいくらなのかなどわかりません。

価格競争も適正に行われる範囲では必要です。その適正な範囲を消費者に判断させるのは不可能です。

消費者だって、多少安いだけの商品が明らかな違法行為や無茶苦茶な労働環境に支えられている実態を目の当たりにすれば、その商品を買うのは控えるでしょう。でも、裏で何が行われているかなんて知りようがありません。

消費者には、責任能力がないのです。そこに責任を求めるのは意味のないことです。

価格競争は資本主義の構造的欠陥

こうした行き過ぎた価格競争の問題はどうすれば改善できるのでしょうか?

自由競争を基本とする限り根本的には解決しない

価格は技術力やオリジナリティで勝負できない企業にとっては数少ない勝負どころです。根本的に解決するのは不可能でしょう。価格競争を規制したら管理経済になってしまいます。

できる対応は対処療法的に個別の問題を規制していくことです。しかし、すべての不正を規制するのは不可能です。規制強化をすれば新しい不正が生まれるものです。

根本的には資本主義の構造的欠陥なのです。

とても悲しい話ですが資本主義を選んだ以上、常に不正と闘いながら付き合っていくしかない問題なのです。